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今更ですが、このカテゴリ「通院記録」を始めたきっかけを披露しようと思います。
実は、昨日、ある集まりに参加させていただいたのですが、小生、飲酒叶わず、食べ物もコレといって食べられず、もしかして、ご迷惑かけちゃったかなぁ~と思いました。
で、その時、小生の連添いの件も承知の事になりましたので、ここに公開いたします。
あ、あと、小生が病とやりあってる時、連添いが、他の小生と同じ病気の方のHPを見て、大変元気ずけられたとのこと。
その事に、感謝と又、同じ境遇にいる方に、ちょっとでもオタスケになるようなら・・・・と思い公開を決めました。

↓からは小生の連添い「uri」が別サイトで書いたものです。


2004年4月末。
一番大切な人が緊急入院しました。
病名は「重症急性膵炎」。
生死の境を彷徨いながらも、無事生還してくれました。

付き添いをしている私を支えてくれたのは
ネット上にあった、数少ない同病の方の入院記でした。

どういう病気かというのはお医者様が教えてくれますが、
それだけでは不安な毎日です。

どんな日々を過ごすのか
どんな症状が出ているのか
一番分かり易い情報は、ネット公開して下さった日記からでした。
そして回復していく様子を知ることで、希望がより鮮明になりました。

私が助けられたように、私と同じように情報を欲して
ネット上を彷徨っている方がいるとしたら
少しでも慰めになればと思い、公開することにしました。
________________________________
本文は「続きを読む」にて。長いので、ご興味の無い方はそのままスルーなさってください。
黒文字はuriです。
この色はusiによるものです。
________________________________
2004年5月17日 月曜日

■usiが入院してから一ヶ月が経とうとしています。
病名は「重症急性膵炎」です。
「急性膵炎」は以前経験しているのですが、
今回は「重症」がついています。

この病名を聞いた事のある方は少ないと思います。
私自身も知りませんでした。
それも、そのはず…なんと「特定疾患治療研究事業の対象疾患」
平たく言えば、国が定めた難病です。

年間1500人程度が発病しているそうです。
その中の半数は死亡するという怖い病気です。

膵臓(すいぞう)というのは食物に対する消化液の分泌や血糖値の調節を行っている臓器です。
膵臓が急激に炎症を起こす病気を急性膵炎と言います。
急性膵炎は、膵臓から漏れでる消化液が膵臓自体や周囲の臓器を消化して出血や壊死を起こしたり、
炎症が全身に波及して肺、腎臓、心臓、肝臓など重要な機能を行っている臓器の障害や
重篤な感染症を合併することもあります。
このうち、重症急性膵炎は、炎症が全身に波及して重要臓器障害を起こしたり、
重篤な感染症を合併した急性膵炎を指します



今だから書けますが、usiも命の危険にさらされておりました。
ここに、その日記を毎日書こうかとも思いましたが、
なんとなく…結末が恐ろしいものになるのが怖くて…今まで書けませんでした。

現在は命の危険からも脱し、快方へと向かっております。
退院はまだまだいつになるか分かりませんが、
病院のベット上で、点滴をつけながら「腹減った~」とぼやいておりまする。
…絶食絶飲状態ですから…。


思えば、胃痛を訴えていた時から無理やりにでも病院へ連れて行けば良かったと
後悔しています。
本人は数ヶ月前に起こした胃炎の再発だろうから、大丈夫とテコでも動かない状態でしたが。
仕事の事もあり、そうそうと病院に行けない事情は傍にある私が一番よく理解しているつもりです。
でも、それでも、あの時病院にすぐ行っていれば、ここまで酷い病状にならずに済んだかもしれません。


~~~~~少し、振り返ってみます~~~~~

前日(4/17)からの胃痛が治まらず、深夜とうとう嘔吐しました。
食事を取っていなかったので、固形物はなく、まっ黄色な液体だけです。

私はうろたえ救急車を呼ぼうとしましたが、usiが了承してくれません。
では、朝になったら病院に行こうと泣いて頼み込みました。
近くの小さな病院に行ったところ、
ウチで観れるような病状ではないので、もっと大きな病院を紹介する
との事。

この時、usiは手足が思うように動かない、と言っていました。
後に分かった事ですが、膵臓が壊れ急激な脱水症状だったようです。

タクシーで紹介された病院につき、検査をしました。
usiは歩くこともできず、ストレッチャーで移動してました。
担当のお医者さんは、恐らく腸閉塞だろう…と、とりあえず入院は決定しました。
部屋も決まり、急ぎ私は家へ入院に必要なものを取りに帰りました。

私が家につくと、留守番電話に病院からメッセージが。
大事なお話がドクターからあるので、至急病院に戻ってきてください
とのこと。
大至急タクシーで病院に戻ると、担当の先生から転院準備を勝手ながらさせて頂きました、と。
検査した結果、ただの腸閉塞ではなく、「重症急性膵炎」だとわかったそうです。
しかし、この病院では、その病気の治療に必要な設備が整っていないので
その設備がある病院に移ってもらうしかない、とのことでした。
しかも、転院先の病院が検査できるのが午後三時までなので
ご家族の了承をとる前に手続きをさせて頂いた、とのこと。
勿論、感謝以外のなにものでもありませんが、不安が増大しました。

やがて、一台の救急車が到着し、ストレッチャーに乗ったusiと一緒に転院先へと運ばれました。

バタバタとusiの周りに人が集まり、私は待合室で待つように言われました。
検査したり、なんやかんやで時間が過ぎ、気がつくと夜になっていました。
再び会ったusiの姿は、体中に管を通され、顔には酸素マスク、真横には心電図…。
その姿を見ただけで、涙が出そうになりました。

担当の先生が私を呼び、別室で説明を受けました。
病名を聞かされ、その病気の説明を受け、
覚悟しておいてください…と。

何も考えられませんでした。
覚悟…とても重たい言葉です。
usiがこの世からいなくなるかもしれないと言うの?
考えられない、信じられない、夢であって欲しい…
泣きながら、先生のお話を聞きました。

usiの膵臓は炎症で壊れ、膵液が外に漏れて他の臓器を溶かしている状態だと言われました。
膵臓の一部も壊死が既に始まっているとのこと。
一度壊死したら、二度とその部分は復活しない。
多臓器不全の恐れがある。
死因のトップはこの所為だという。
また、菌が血液に入り込むと、敗血症となり、これは二番目に多い死因…。
壊死した部分に何らかの菌がつくと感染性膵壊死と呼ばれ
…こうなると外科手術しかないが…
現在、臓器が溶けてぐちゃぐちゃになっているので、開腹して洗浄する事もできない…。


再び、病室に戻り、usiに「先生何だって?」と聞かれ
私は「重症急性膵炎だって…」
usi「なにそれ?重症?」
私「うん…なんでも…国が定める難病らしいの」
usi「難病?膵炎でしょ?ヤバいの?」
私は言葉につまりました。
嘘をつくべきなのか…正直に命の危険を知らせるべきなのか…
考えているうちに、涙がこらえきれず、泣いてしまいました。
「お願い、死なないで、私を一人にしないで」
usiの肩で嗚咽がとまらずひたすら懇願しました。
「大丈夫だよ 死なないよ 大丈夫」
usiはそう言ってくれました。
「ごめんね ごめんね 苦しいのに ごめんね でも私と生きて 一緒に頑張ってほしい」
usiは「大丈夫、今死ぬつもりはない」 と私の髪を撫でてくれます。

usiは以前から「死」に対する捕らえ方が普通とちょっと違ってました。
「死」=「楽になる」
生きている事自体が辛い事なので、死ぬことはちっとも怖くも嫌な事でもないと。
自殺はしてはいけないと思っているけど、事故とかで死ねたらラクになると。
悲観してるわけではなく、生死観からくる考えです。

そんなusiに「死なないで」というのは残酷だとも思いました。
でも、私はどうしても一緒に生きたいのです。
そのためなら何でもしようと思っています。
血液型も違うので、有り得ない話ですが、私の膵臓を移植できるものなら直ちにそうして欲しいと思いました。


この病院は完全介護なので、基本的には泊り込みできません。
深夜、私は後ろ髪をひかれる思いで自宅へと戻りました。
先生から、いつ急変するかわからないので連絡先を聞かれました。
急変するということは…すなわち…
家に帰っても祈るばかりで眠れませんでした。
電話も鳴らない事を願いながら。

翌朝、病院に行くとusiは眠れていないようでした。
見ていてもわかるのですが、うつらうつらしながら、眠ったかと思うと体か痙攣し
一分もしないうちに目を開けます。
そしてまたうつらうつら…この繰り返しです。
この症状は一週間くらい続きました。
本人も夢と現実の区別がつかなくて、幻覚をみていました。
目を開けるたびに、仕事の事を言います。
○○(仕事)の続きはコレだっけ?と点滴を指指して聞いたり
早く次の○○とって…と言い出したり。

とうとう、usiは幻覚の中朦朧とし、夜中に自分で鼻から胃に繋がっているチューブを引き抜くという事が起こりました。
その次の日は、ベットから起き上がる事ですら禁止されているにも関わらず、色々な機器をひきづりながら
一人でトイレへ行こうとしたりもしたそうです。
全ては妄想、幻覚の所為だったのですが…。
この時のusiは自分がどこにいるのか、左右上下関係がわからないと言ってました。
体がふわふわと宙に浮いているような嫌な感覚だったようです。

部屋の天井の四角い排気口?がじりじりと動いているように見えたり
巨大なハムスターが排気口のところにいると言ったりしてました。

わたしは、看護師さんに許可を頂き、一晩睡眠の状態をみるために付き添いましたが
一分置きに目覚めるusiに「ここは病院だよ 今入院してるんだよ」と言って聞かせました。
何度も言い聞かせると、我に返るらしく「俺 仕事しなくていいんだよね?」
と納得しています。その繰り返しで朝になりました。


この日から、usiに睡眠剤を使うことになり、徐々に眠れるようになってきました。
しかし、今度は突然の蕁麻疹。
ぽりぽりとusiが腕を掻いていたので、よくみると見覚えのある腫れ方…。
私は蕁麻疹を出した事が数回あるので、直感しました。
担当の先生に急いで伝えると、すぐに観てもらえました。
どうやら抗生物質があわないらしい。
直ちに違うものに変えてくれました。


数日後、usiの両親にも連絡してあったので、両親そろって上京してきました。
運悪く、その日usiに仮性のう胞が見つかった日です。
この病気で一番怖いのが「感染」。
=死。というくらいの説明を受けてました。
とうとう感染してしまったかもしれません、と。
こうなると外科手術しかないそうです。
内科チームと外科チームでずっと会議が行われてしました。
のう胞に菌がみつかれば即手術です。


会議の合間に両親ともども、先生からの説明を受け、両親も泣いていました。
重症急性膵炎には段階のようなものがあり、検出方法はわかりませんが
点数に置き換え、合計数を出し、全部で四段階に分かれます。
今までのusiの状態は【Stage 2】だったのですが、
今【Stage 3】へと悪化してる状態だということでした。
先生の話ですと、
Stage 2では10人に1人が亡くなるそうです。
Stage 3になると2人に1人が亡くなり、
Stage 4にもなると、5人中4人が亡くなる。


…二人に一人って…。この話しは先に聞いていた私ですら再び動揺しましたが
初めて具体的な数字を聞いた両親は当然ながらショックが大きいようでした。


医師からの説明後、なぜか両親は、私にしきりに謝ります。
「ごめんね、うりちゃん。こんな所にお嫁にきて。ごめんね。」
と。
私が好きで選んで結婚した人がたまたま病気がちになっただけのこと
謝られるとかえって困惑するのですが…。



結局、のう胞から中の液体を抜き取り検査をする事になりました。
一般的な菌は検出されず、培養してみる事になりました。
とりあえず、内科的治療をこのまま続けてみるとの事でした。
後にこの培養でも菌は検出されませんでした。

両親は三日ほどこちらにいましたが、仕事の事もあり、田舎へともどられました。

一週間後くらいでしょうか、太もものカテーテル(動注療法)が外されました。
患部の膵臓に直接薬をたたきつけていたものです。
すごい効果があるものの、長期に渡ってつけていても効果はないのだそうです。
5日~7日あたりで外すのだそうです。
これで動かしてはいけないと言われていた右足が自由になりました。
もうベットの上で胡坐をかいてもいいよ、と先生が笑って言ってくれました。
もちろん歩行は禁止。というよりベットから降りることも禁止ですが…。


二週間ほどして 、便がでました!
これは嬉しいニュースでした。
腸がちゃんと生きていたのですから。
usiは監視つき個室から四人部屋へと移りました。
心電図や酸素吸入器、鼻からのチューブ、尿管のチューブは外されました。
トイレは歩いて行って良いとのこと。
やっと「命の危険」から脱出できたのです。

個室の時の記憶は本人はまばらにしかないと言っています。
とにかく苦しかった事と、私が泣いていた事、両親が来た事程度だそうです。
あの時は意識もしっかりあり、受け答えも判断力もちゃんとあるように見えたのですが
不思議なものだと本人でさえ言っています。

その翌日は六人部屋に移りました。
ここは退院待ちの方が多い部屋でした。
水も飲んでいいとの許可がでました。

が、突然usiが熱を出しました。
血液検査でも炎症反応が高くなっているとのこと。
やめていた抗生物質の点滴も開始されました。
当然、水も厳禁。

担当医の話では、つなぎっぱなしの首のカテーテル(中心静脈カテーテル)に菌がついているかもとのこと。
外してみたら、恐ろしく菌がついていたそうです。
その日のうちに右腕の動脈からぐるっと心臓近くまでカテーテルを新たにいれられてました。

数日後、(今日ですが)また微熱が出始めました。炎症反応も上がってきていると…。
この間入れたカテーテルにまた菌がついたかもしれないとの事でした。
今度は左の腕に点滴がつけられました。
不安そうな私に担当のY先生は心配はないですよ、と笑って言ってくれたので少し安心しました。

そうそう、usiの担当医は三人います。
その他に精神医(不眠のときの)、皮膚科(蕁麻疹など)、糖尿の専門医(インスリン関係)、外科医(万が一の手術の時の)
などなどいらっしゃいます。

一番丁寧で熱心なのが担当医の中のN先生。
のう胞ができた時、一番くやしがっておられました。
リーダーはY先生。
状況の説明などもこの先生がしてくれます。凄く辛い事もズバスバおっしゃいます。
でも、だからこそ、心配ないですよと笑っておっしゃった時は安心できます。
あとの一人は違う所に行かれたらしく、殆ど顔を知りません。


昨日からシャワーが許可されました。
ぬるめのお湯でざっと浴びる程度にしてくださいとの事でしたが、
一ヶ月ぶりのシャワーは気持ちよかったようです。
恐らく、お風呂とかには入れなかったせいで
皮膚の柔らかい所にあせものような湿疹ができていたのですが
昨日と今日のシャワーのおかげか、湿疹が薄くなっていました。


と…おおまかにですがこんな状況です。
退院のめどは立ちませんが、命の危険からは脱出し少し安心しています。
今は炎症が治まるのを待っている状態です。
膵炎はここからが長いようです。
あたかも炭火のようにフツフツとくすぶっている感じだそうです。
このくすぶりが完全に収まれば、食事が開始されるとのこと。
usiは食事を心待ちにしています。
なんせ六人部屋で食事できないのはusiだけですから。
真横の方と向かいの方は栄養を取らないといけない病気らしく
食事時間以外でもポリポリと色々なお菓子を食べてます。
その度にusiはお腹をグルルルと鳴らして悔しがっております。




私は毎日付き添う事しかできませんが、
ネットでこの病気の事を調べまくりました。
特に同じ病気で、ご本人が入院記をつけてくれた方には感謝しています。
治療の過程や、本人の状況など、目の前の道が照らされているようで、何度も何度も読ませて頂きました。
難病というだけあって、体験者はごく僅かです。
私も少しでもこの病気で不安に思っている患者のご家族などに貢献できればと思い、
おおざっぱですが、今のところの経過を記してみました。
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勿論、小生、この頃の記憶は殆どありません。
いくつか・・・・手足が何故かいう事を聞いてくれなかったのを覚えてます。詳しくは分からないのですが、脱水症状によるもので、近所の病院に行ったところまでは、何とかいけたのですが、その後、転院する頃には立つことも出来ず、ストレッチャーにて移動しました。その時は何故、手足が動かないのか、不思議でしょうがなく、歯がゆかったです。
それと、体中に11本ほどのチューブが仕込まれており、小生寝返りうつのも出来ないくらいだったのに、妙にこのチューブがうっとうしく感じてたのを覚えてます。が、今にして思えば、この時担当してくださった医師の方々には、物凄く感謝しております。
ナント申しましょうか、とにかく熱心に世話をしてくださいました。
何か体に変化があると飛んできて、あれやこれやと最善策を労してくださいました。
それと、もちろん、連添いには感謝以上のものがあります。
小生が何一つ、指一本動かすに億劫なとき、側にいてくれた事は、実に心強かったです。
小生、この時、何かに取り付かれたように、仕事の幻覚を見ていたようです。オボロゲに記憶してるのが、漠然と小生は仕事していて、その事で連添いに声をかけると入院中である事を告げられハッとしました。その一言で現実に帰れたのです。精神的プレシャーって結構な抑圧があるものでした。
その幻覚に悩ませれてる時期、小生の中で、一つボタンを設定してました。「連添いが言った事が真実」というボタンです。トリガーと言ったほうが近いかもしれませんね。
ので、連添いの言う事を全部受け入れる事ができる事に集中しようと心がけてました。
勿論、それが生死にかかわることでもです。
普段から自分の存在自体を疑ってる小生なので、この試みは、実に抵抗無く実行できたのではないかな、と思ってます。


________________________________
2004年5月18日 火曜日

■ここの所、度重なる熱のせいか、ちょっとしんどそうにしていたusiですが
今日はなにやら体調がよさげでした。
横になってる事が多かったのですが、今日は胡坐の姿勢が多かったです。
本人が少しでもラクそうなのが、とっても嬉しいです。

血液検査はなかったので、炎症反応がどうなったかは不明ですが
血糖も良好な数値でした。
熱は微熱がたまに出るみたいですが…。
なんにしても、私が来る前にゲームボーイで少し遊んでいたというのですから
安心です。

今日はシャワーは浴びれませんでした。
一日おきにしかお風呂は使えないのだそうです。
部屋ごとに「月水金」「火木土」と決められているのです。


このまま、順調に回復しますように…。
明日の血液検査では炎症反応が下がっていますように…。
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小生、胡坐のポーズがラクなのです^^
ちなみに、この時くらいからフツフツと思っていたのですが、小生、携帯ゲームって苦手のようです。
シュミレーションとかやらない所為だと思います。殆どアクションオンリーです。
思い出すと、まだ熱が下がりきってない時期、ゲームをやる事もしんどかったんですね・・・・
「ゲームをやる」という行為は結構、体力使うものなんだな、と初めて実感した気がします。

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2004年5月19日 水曜日

■微熱がまた出た模様。
と、言ってもずーっと出てるわけではなく、昼間に図ったら37度だった。
あとは平熱。
お医者様の話しだと、膵臓の炎症を火に例えるなら
一度ポーボー燃えていた火が今は炭火のように赤くくすぶっている状態らしい。
だから時折微熱が発生するとのこと。

血液検査の結果、炎症反応の数値は5だったそうです。
一番酷いときで20。
一番低いときは2。(首のカテーテル抜く前かな?)
上がる事はないけど、下がってもこない状態が続いてるらしい。
ちなみに普通の人は1より下…。殆ど0に近いのだそうです。

はぁ…お水開始はまだ先みたいで本人ガッカリでした。
でも他の数値は随分下がって落ち着いている。
一ヶ月も何も食べてないから辛そう。
それ以外は体調も悪くないと本人は言っていました。
________________________________
今もそうなのですが、小生、自分の体の事ながら、難しいことは殆ど連添い任せ・・・・
色んな数字を言われてもそれがどうなのか、イマイチピンと来ません。この時は、口に何か物を入れられるようになるのはいつかなぁ・・・とそればかり思ってました。

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2004年5月20日 木曜日

■昨日、今日と台風の影響で雨です。
このまま梅雨入りしなきゃいいけど…。
■今日はずっと平熱♪血糖値も非常に安定♪
そういえば、CTスキャンしてました。
まだ結果は出てなかったみたいで、何とも言えません。
明日、血液検査で炎症反応(CRP値)と比べてみるそうです。
それでも炎症反応が横ばい又は上昇するようだと
違う検査をして、どこが原因で炎症が起きているのか観るのだそうです。

今日も本人は体調良しとのこと。
敢えていうならば、点滴しっぱなしの所がちょっと痛いくらいだと。
アセっても駄目だけど…早く退院…その前に、早く食事が食べられるようになる事を
切に願います。
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点滴は24時間刺しっぱなしなのは、普通のことだったのですが、一箇所に刺してそのままだと何日間かでずきずきと痛くなってきます。はじめはそんなに気にならないのですが、この痛み、ほっておくと増すばかり。
でも、点滴を刺すとき、上手い人に当たれば平気なのですが、やりなれてない方だと、何度も刺す事になります。
で、刺した後、血管を針で探られるのが、何とも言いようのない不快感・・・・・
なので、点滴の場所が痛み出しても、どうせ又刺されるのは分かってる事なので、なかなか言い出す勇気が出せなかったです。
いや、それでも、結構言ってたかもですけどね・・・・


________________________________
2004年5月21日 金曜日

■台風の影響なく、晴天の中病院に行けました♪

■今日の血液検査の結果、炎症反応は5のまま…。
usiの辛抱もホントに良く続いていますが、そろそろ限界の兆し…。
せめてお水でも開始にならないかなぁ…。

何故か横になると微熱が出る。
胡坐かいている時に計ると、いつも平熱。
なんででしょうねぇ。

膵臓のまわりの水に薄い膜のようなものができているらしい。
けれど、これについては心配ないとの事。
炎症反応の原因は未だわからず…。はぁ…。
これをどうするかは、来週に持ち越しとの事でした。

________________________________
2004年5月22日 土曜日

■今日は血液検査がなかったので、炎症反応がどうなったかは分かりません。
だけど何故か抗生物質投与は終了とのこと。
後日、またしても首にカテーテルを入れるかもと言われました。

体調的には悪くないと本人は言ってました。
ただ、腕の点滴の所が痛くなってきた模様。

熱も平熱。血糖値も安定。

とにかく、はやく良くなりますように。。。
祈るのみです。

________________________________
2004年5月23日 日曜日

■今日も検査はなし。
熱も平熱~。血糖値も安定。

隣のベットのおじいさんが一日中ばりばりお煎餅食べてる。
私がいる間も本当にひっきりなしに食べてるんです。
肝硬変ってそんなにモノ食べなきゃいけない病気なのかな?
しかもイビキがすごいらしい。
その人が、同室の別の肝臓病仲間の人に
「個室に移りたいね~一人になって静かに過ごしたいですよ」
と言っていた。
「ホントですね~」と相槌を打ったその人もイビキがすごいらしい。
その部屋でイビキかいてるのはその二人だけだと聞いて笑ってしまいました。
________________________________
この頃から、同室の人をウォッチする余裕が出てきました。
実感として、50代に入るかな?って人から上の方が一番迷惑かけてた印象でした。
よく聞くセリフ「近頃の若い者は・・・・」このセリフソックリひっくり返して差し上げたいくらいです。
前々から思っていたことなのですが、いわゆる団塊の世代付近からの方々って、自分達が生きた時の道徳とか観念が一番で、変化に鈍感すぎるんじゃないのかなぁ・・・・・
しかし、その世代の方が色んな組織のTOPなのでなかなかモノを申せない。
そんな立場の方々なので、ナースとか若い医師に何かを指示されることが面白くないのかな・・・・
駄々はこねるわ、ちょっとした事で怒りまくるわ・・・・
点滴の刺しなおしくらいで大声出さなくても・・・・
そんな事でいちいち怒ってたら、小生は一体・・・・
点滴刺しなおしの最高回数5回でした。まだ点滴に慣れてない医師の方だったんですね^^
とにかく、一番迷惑だったのがその世代の方でした。

________________________________
2004年5月24日 月曜日

■やったぁぁぁ!炎症反応の数値が下がりましたぁぁ!
あ…いくつになったのか聞いてなかった…。
でも、そろそろ水解禁になるそうです♪
嬉しいぃぃぃ!

炎症反応が高かったのは、なんでも膵臓の壊死した部分が
くすぶっていたのではないか、という事でした。
それにしても、ホントusiさんは生命力が強いってお医者様が感心してました。
入院当初はもう本当にどうしようもない状態で、頼みの綱は本人の生きる力だったと…。
ここまでスムーズに回復したのは、本当に奇跡的だと言われました。
もう大丈夫、とのお医者様の言葉に、私もウルウルしちゃいました。

取り合えず、また一歩前進しました!
しかし、水を飲んで、再燃するという現象はよくある事らしいので、
今度は再燃せず、次のステップ「重湯」に移行できますように…。


熱は平熱。血糖値はまぁ安定かな。

________________________________
2004年5月25日 火曜日


■やったぁぁぁ!
今日から水解禁です!一日500mlという制限はついていますが
とにかく嬉しい限りです!

体調も良好とのことで、持って行っていたDVDを観出しました。
今日はターミネーターを観たらしいです。

■体温は平熱。血糖値も安定。

________________________________
2004年5月26日 水曜日

■昨日の今日ですが、水の制限がなくなりました♪
無茶な飲み方はダメですが、いくらでも飲んでいいとのこと。
嬉しい~。

でも、点滴の袋がひとつ増えてました。
腎機能が少し低下しているとのこと。
恐らく、長いこと投与していた抗生物質のせいだそうです。
ちょっと脱水っぽくなってるかもしれない、と言われました。
まぁ、その事もあっての制限解除なのかもしれませんね。
ちょっと不安だけど、好きなだけ飲めると言うのは
絶食一ヶ月以上の身としては嬉しい出来事のようです。

■となりのおじ様が、入院2週間にしてイライラなさっているようです。
物腰は丁寧なんだけど、チクチクと細かいことをずーっと言っています。
ちょっと看護師さんが可哀想…。
入院5週間のusiは、そんな方々を冷静に見てました。
だいたい二週間くらいすると人間の本性がみえてくる…とニヤリ。
まぁusiはこれがこれが初めての入院じゃないしねぇ…あまり慣れて欲しくはないですが。

そういえば隣の隣の方もなんだかここ二、三日すごーく怒りっぽいです。
奥さんや、看護師さんに怒りをぶつけてました。
はぁ…usiはそんな性格じゃなくて良かった♪(のろけ?)
私に怒りをぶつけられたら、やっぱりちょっと悲しくなりますね、多分。

usiの入院生活での口癖は「腹へった~」と「早く家に帰りたい」です。


■体温は平熱。血糖値も安定。
________________________________
口の中にモノを入れらるようになって嬉しく思ったと思います。
微妙な言い回しになっているのは、あまり覚えてないからだったりします。
と言うのも、小生、入院、絶食の経験は今回が初めてではなかったもので、初めての時の感激の方が上回っていた所為だと思います。
それでも、久々に口から喉、胃に飲み物が行き着くまでの快感は、良かったと覚えてます。
このような行為は、普段から当たり前の事として実感すら無いものなのですが、このような事に気づく機会があったことは、ちょっと良かったかも知れません。^^


________________________________
2004年5月27日 木曜日

■今日はCTがありましたが、特に問題はなかったようです。
造影剤を投与されたので、ちょっと多めに水を飲むように言われたくらいかな。

体温は平熱。
でも、血糖値がちょっと下がりすぎたので、インスリンの量を減らすとのこと。
5時の時点で76でした。。
空腹時なら普通ですが、栄養が入った点滴を24時間つけてますから
やっぱり減りすぎなんでしょうね…。
今までも徐々に血糖値は下降してましたが、190~115へと
ゆっくりゆっくり下がっていたのに、急に76になったのでちょっとびっくり。

低血糖は起こしていないし、膵臓が働き始めたのかな?
だとしたら嬉しいのですが。

そういえば、入院直後は血糖値600超えてたそうです。
昏睡になってもおかしくない数値ですね。
はぁ…今思えば怖かったですっっ。

________________________________
2004年5月28日 金曜日
■今日は眼底検査がありました。全く問題なし。
血糖が600超えてたから、念のためということでした。

血液検査もありました。この結果も良好だそうです。
数値がいい具合に下がってきているとのこと。
ただ、カリウムが少し多いので、水を無理にでも飲んで下さいと言われました。
一日2リットルくらいは飲むようにとの事。
まあ、usiからすれば、無理になんてとんでもない、飲み放題だと喜んでいます。
それからお茶類も飲んでいいとのこと。
糖質、脂質が入ってなければいいみたいです。
さっそく食事の時間に配られるお茶を飲んでいました。
感動するだろうと思い、尋ねてみたら
「意外と普通…。」
あらら…味つきのものをあんなに望んでいたのに。
取り合えず、明日にでも、緑茶・麦茶・ウーロン茶などなど許可を取った種類のお茶を差し入れて来ます。

カリウムが少し多いという事は、ちょっと脱水状態かもとのことでしたが、
(入院時のような命にかかわる状態ではないです)
usiの肌を触ってみると、ガサガサのよぼよぼです。
点滴だけで栄養を取っているので、脂分もないし、水分もない。
少し痩せたので、脂肪が取れた分だけ皮膚が余ってる感じです。
水分を取ることで、肌のカサつきが少しでも良くなるといいなぁ…。


そして、更に嬉しい事に!
明日の朝から重湯開始です!!
待ちに待った食事です。
どうか、この食事によって炎症がぶりかえしませんように…。
トントンと重湯→3分粥→5分粥→7分粥→全粥→普通のご飯 になりますように…。


体温は平熱。血糖値も元に戻りました。インスリン投与の量が減ったみたいです。
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この頃から院内を歩き回れるようになったと思います。検査もようやく一人で行ってよし。
造影剤入れるとき、始めは、小生点滴で刺してるところから、入れてもらっていたのですが、コレが何故か痛い!!
ので、改めて注射してもらってました。
新しく刺してもらったほうが痛くなかったのもで・・・
あの時の技師さん、お手間を取らせましたです。

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2004年5月29日 土曜日

■今日は検査なし~。
点滴がひとつ減りました。生理食塩水の袋が減ったのかな。

■今日から食事開始です~。

↑左から 重湯・桃味のホットジュース?・具なしお吸い物

これは夕食です。

朝食は、桃味の飲み物が桃味抜きの甘いお湯だったようです。
昼食は夕食と同じ。
40日ぶりの食事、どうだったか聞いてみました。
「とにかく朝出た甘い飲み物が、めっっちゃくちゃ甘くて気持ち悪い。
でも、桃味のは美味しい。
重湯は普通。お米の味しかしないね。
お吸い物はめっっちゃくちゃウマイ。」

とのこと。
夕食は私もいたので、少し味見させてもらいました。
usi「このお吸い物めっちゃ濃くてウマイでしょ?」
私「…濃い?永谷園のお吸い物を10倍のお湯で薄めたくらい薄い…ほとんど味しないよ。」

usi「この桃味の飲み物は甘くてすっぱくて味濃くてウマイでしょ?」
私「桃の天然水を10倍のお湯で薄めたくらい薄い。ほのぉぉぉかに甘いような感じはするけど酸っぱくはない。」

usi「うり、味覚おかしいよ」
私「いやいや、usiの方がおかしい。退院したらこれと同じようなの作ってあげるよ、びっくりするから。」

かなり舌が敏感になってるみたいです。
お茶と重湯はあんまり普段とかわらなく感じてるみたいなのに
しょっぱさと甘さと酸味がどうも敏感みたいです。

■体温は平熱~。血糖値はやや低めだけど、安定はしてました。
食事による胃痛・腹痛ともになし。良かったです~。
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ホントに、ほんと~~~~に味が濃かった!!!!
いやいや、冷静になれば、そうじゃない事は分かりますよ・・・・
でも濃かった!!と断言したいくらい濃かったのです!!
嬉しい味覚!!!!と言うくらい覚えてます。
実に何日・・・いや一ヶ月くらいは味のする物を口に入れてなかったですから、この時の嬉しさはたまらなかったです^^

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2004年5月30日 日曜日

■今日も検査はなしです。
体温は平熱。血糖値は低いものの安定。

■食事内容は昨日と同じでした。
心配してた腹痛もなし。

■それにしても今日はやたら暑かったですね。
30度越してたとか聞きましたが…。
病院内は冷房は入ってなくて、暑かったです。
普段暑がりのusiは別に暑くないよ、と言ってました。
痩せたからなのか!?
動いてないからなのか!?

ひょっとして、そのうちusiは私より細くなるんじゃないかしら…。
退院後は、私もusiと同じものを食べ、一緒に運動したりしようと心に
誓いました。
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2004年5月31日 月曜日

■気がつけば、今日で五月は最後ですね。
今日も暑かった!
30度越えてたらしいですね。
色々な種類のお茶のペットボトルを差し入れている為
荷物が重くて、病院に着くまでに汗がダラダラです。

■今日は血液検査があったようです。
いい具合に数値は下がってるとのこと。良かった♪
今、出されている食事は、脂質がほぼ0の特別食なので
今後、脂質が増えた時、膵臓がどう反応するのかが問題らしいです。
ああ…どうか無事にその山を越えられますように…。

食事のメニューは変わっていません。
おととい、昨日と一口味見をしてきましたが、
なんとなく、味が段々濃くなってきているみたいです。
これは、usiの味覚がという事ではなく、私が感じた事ですけど。
あんなに薄かった桃味の飲み物が、昨日はやや味がして、今日は更に味が濃くなりました。
でも、usiが言うほどの濃さではないのですが。

■体温は平熱。
点滴のインスリンの量が減ったおかげで血糖値も元に戻り安定。

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▼2004年6月1日 火曜日

■今日はCTの検査がありました。
特に何も言われませんでした。
色々と大分落ち着いてきてるみたいです。

病院内なら出歩いてもいいと許可をもらいました。
ただ、低血糖を起こして倒れるといけないので
必ず人がいる所でないとダメだと言われました。
あと、出歩く時は、看護師さんに言ってから出歩くようにと言われました。
まぁ、usiは私がいる時以外出歩かないと言っていたから大丈夫でしょう。

…タバコ…吸いはじめました。
コレばかりは辞められないようです~。
退院してからも大好きな肉類は禁止。
外食もダメ。
お酒は好きではないからいいものの禁止。
お腹いっぱい食べるのもダメ。
炭酸飲料やコーヒーも極力ダメ。
大好きなニンニクや香辛料も極力ダメ。
…となると禁止禁止で辛すぎると。…納得です。

40日ぶりのタバコはクラクラするんじゃないかと聞きましたが、
全然普通だと言ってました。

初めて病院の庭に出てみました。
想像してた以上に大きな病院だと驚いていました。
外の空気が吸えてなんだか気分良かったみたいです。

■体温は平熱。血糖値も安定。
食事はまだ重湯でした。…いつお粥になるんだろう?
すごく慎重にしてくれてるみたいです。
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これを機会に、禁煙。と考えなくも無かったんですけど、どうにも・・・・・・・・・・・・
勿論、発病からこの日まで吸っていなかったので、一本目、かなり来るかなぁ~と期待していたのですが、吸い込みまくってみても、意外と以前と変わりなかったので、なんだ・・・・と、ちょっと残念に思いました。久々にあのくらっと来る感覚味わえるかな、と思っていたのですが。


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▼2004年6月2日 水曜日

■今日は何も検査はありませんでした。
コレといって何もない日でしたねぇ。
安定してるというのは良い事です。

天気が良くて、病院の庭に出ると暑かったです。
木陰をみつけて座ってみると、なんとナナフシみたいなものを発見!
びっくりして急いで携帯のカメラで撮ってみましたが、
さすがナナフシ。さっぱり分かりません。残念でした。

■体温は平熱。血糖値も安定。

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▼2004年6月3日 木曜日

■今日から3分粥になりました。
重湯にちょこっと米粒が見える感じです。
あと、おかずがついてきてました。
ちょっと食事っぽくなりましたね。
今まで「飲んで」いた感じでしたが、今日からはスプーンを使ってました。
早くお箸が使える食事になるといいです。


■体温は平熱。血糖値も安定。

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▼2004年6月4日 金曜日

■今日はなにやら朝食の前後に血液検査があったようです。
炎症反応の数値を見るためみたいです。
結果は知らされませんでしたが、
食事は変わらず三分粥なので、問題なかった模様。

■今日は知らない患者さんにデイルームで話しかけられました。
インスリン入りの点滴してるから、血糖高いの?って聞かれてました。
その後、そのおじ様は、ご自分の病状や日常をこんこんと話されてました。

夕食後、庭に出ようとしたら今度は違う方に
「外は冷えてきたよ~、さむいよ~」
と話しかけられてました。
usiは全く知らない人だそうです。

普段歩いててもよく道とか聞かれたりしてるし
usiは話しかけ易い顔してるのかな~?

■体温は平熱。血糖値も安定。
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入院中もソコソコ話かけられてました。
小生の印象は、ヤ○ザか気のいいおじさんか、のどちらかのようです。(usi調べ、子供対象)なので、第一印象で小生を苦手と思われる方は、後々まで引きずる方がいらっしゃるようです。
根は小心者の臆病者なのですが・・・・・・
褒められると伸びる子です。


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▼2004年6月5日 土曜日

■今日も検査はなしです。
土曜日だから、面会の人がいっぱいいました。
天気も良かったしね。

■usiのベットのカーテンに、ちっちゃな赤ちゃんカマキリがいました。
…どこから来たんだろう?
ちっちゃくても、ちゃんとカマキリの格好をしているので可愛いです。
そのままほっておきました。

■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月6日 日曜日

■今日も日曜なので検査はなし。
雨にもかかわらず面会の人が多かったです。
デイルームが満員状態なのには驚きました。

■どうやらusiと同じ病気の人が入院した模様。
しかも、usiより悪いらしい…。
どの部屋にいるのか分かりませんが、その人も無事に助かるといいですね。
担当医の先生が二人とも急に忙しくなったのはその所為かな。
採血とかは別の先生がしてくれてるそうです。


■体温は平熱。血糖値も安定。
usiの頬にニキビみたいなのがブツブツっとできました。
なんだろう?脂質はほとんど0だから脂からくるものではないと思うけど…。
肌も乾燥肌ぎみだし…。
とりあえず、男性用の顔を拭くウエットテッシュを買って渡しておきました。
点滴の針が手首に刺さってて、片手が自由に使えないから、
洗顔がうまくできないのかも。


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2004年6月7日 月曜日

■今日は血液検査があったようです。
初めて検査結果の表を頂きました。
今まで気になっていた炎症反応(CRP)値は0.3と標準になりました。
標準値より高いのはAST、ALT、TG、BUN、PIの5つ。
このうちTG以外は高かったのが下がってきているので問題なし。
TGは脂質なしに近い食事でも、上がってきているので注意が必要らしいです。

もともとの遺伝的なもので、健全な生活していてもどうやら高脂血症になりやすいとのこと。
膵炎もコレが原因らしいです。
今後は薬で対処していくとのこと。
usiとしては、原因が分かってほっとしたようでした。
今までだって無茶な食生活はしてなかったのに何故って気持ちが大きいですから。

今後退院してからは、脂質を一日30までの食事。
もちろん適度な運動。
仕事もストレスが少なくなるように調整。

もう二度とusiを体調悪くさせません!!
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検査結果の表を貰ってから、uriが色々と調べてくれたようです。
小生、サッパリだったりしますが・・・・
とにかく、遺伝!!と言われて、どこか落ち着いた感覚はありました。小生、お世辞にも細い体格とはいえない体(潔く言うとデブ!!)なのですが、ホントに無茶な食事とかしてませんでした。表につけるほどきっちとは言いませんが(それでも、一時期記録したりしてました。)、カロリーに気を使い、間食はせず、という食生活だったのです。
なのに何故!!と、どこかで思ってました。
が、気をつけるところが微妙に違っていたようです。
今は、カロリーより脂質に気をつけています。
一食あたり、10g以下と言うのを守っていたら、自然とカロリーも抑えられ、膵臓にも負担をかけないと、思われます。
しかし、ちょっと気をつけないと、昨日某集まりに出させていただいたとき、帰りの電車から降りたところで、ちょっとふらつきました。
貧血っぽかったです。適度にカロリーも必要なモノなのだなぁ・・・・と実感。


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▼2004年6月8日 火曜日

■今日は検査なしです~。

なんと!明日から五分粥になるそうです♪
そして、飲み薬も明日から始まります。
今まで薬と言えば点滴だったのに、飲み薬が出るとなんだかホっとします。
まぁ、どこか調子が悪いのだから薬がでるのですけど…。

■ここの所、雨とかばかりで洗濯がなかなかできません~。
部屋干しより、やっぱり陽の光で干したいです。
はぁ…やはり、乾燥機つき洗濯機を買うべきだったのか…今更ですが。

病院の洗濯機の横には乾燥機があるんですけど
入院したての頃、使ってみました。
が、いきなり乾燥機に入れてたusiのトランクスを盗まれたので、
それ以降病院で洗うのやめました。
代わりに…といった感じでヨレヨレのボロボロのトランクスが置いてありました。
そこまで切羽詰まった入院患者がいたのも哀れですが、
盗みは良くないですよ~。


■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月9日 水曜日

■今日から五分粥でした♪
あんまりお粥は変わった感じしないみたいですが、
なんと!フルーツはそのまま出てくるようになりました。
西瓜が美味しかったようです。

■久々主治医と言葉を交わしました。
ここの所お忙しいようだったけど。

順調に回復してますよ~。
とのこと。
嬉しい限りです。
二ヶ月前の深刻な顔とは全く逆の笑顔で言ってくれました。

ああ、あの時の事を思い出すだけで、いまだに体が震えます。
もう二度とusiをあんな目にはあわせないし、
私もあんな思いはしたくない。
こんな事言うのはいけない事かもしれないけど
親よりも、自分自身よりも、どんなものよりも、なくしたくない人です。

夫婦になって、仕事柄いつも一緒にいてもいたりない。
よく飽きないねと言われますが、飽きる事なんて有り得ない。
それは、usiがこの病気にかかる前からです。
うはっ、おもいっきりノロケですかね?

とにかく、usiが健康な体になって、一日も早くここに戻ってこれますように。


■体温は平熱。血糖値も安定。
あ、血糖値といえば、昼食前に計り忘れて食後に計ってました。
でも124だったのには驚いた。
食後でもあんまり上がってないですね。



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▼2004年6月10日 木曜日

■usiのいる病院は救急病棟があるので、
私がいる間だけでも、二、三台は救急車がきます。
でも、今日はやたらに多かった気がします。

特に市外からの救急車が二台もきてたのでびっくり。
搬送だったのかな?

■今日は血液検査があったようです。
結果は知らされてません。
でも、何も言われないのは良い傾向の時だけなので
ある意味安心。
点滴の内容も変わってないし。食事も五分粥のまま。

■体温は平熱。血糖値も安定。



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▼2004年6月11日 金曜日

■今日はずーっと雨でした。

夕方の血糖値が64だったけど本人は低血糖の症状もないと言ってました。
インスリンの量を減らすのかな~?

■そういえば!今日、ガッツ石松氏が病院に来ていたそうです。
おしくも?スレ違いでお会いできませんでしたが…。
どうやら、知人のお見舞いだったようです。

■体温は平熱。血糖値は低いけど安定。



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▼2004年6月12日 土曜日

■今日は土曜日なのにお見舞い客が少なかったです。

■左腕に刺してある点滴の針が痛くなってきたとのことで
右手首に差し換えました。
ちょっと手首動かすだけで、点滴が落ちなくなり、
点滴管理している機械がピーピーなってもう大変。
夜中とか大丈夫かしら?

■体温は平熱。血糖値も安定。
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微妙に点滴を刺したところの管が曲がってしまうと、詰まったと機会が判断して警告音がやかましく鳴り響いてました。
性能が良すぎるのですね。
夜中もちょっと寝返りするときに鳴ったりしてましたので、同室の方ご迷惑をお掛けしましたです。
小生、寝起きが悪くて、なかなか目が覚めないので、かなりの間なっていたと思います。

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▼2004年6月13日 日曜日

■やっと晴れた~って感じです。
やっぱり洗濯物は外に干すのが一番です♪

■相変わらず、点滴の機械がピーピーなっております。
あんまりいい場所に刺さらなかったのかな?
はやめに場所変えるかもしれません。

■看護師さんに「いつも仲良いですね~羨ましい~」
と言われちゃいました。
照れますね。
usiがいないと仕事ないから、私は毎日会いに行っています。
周りみても私以外毎日来てる人いません…。
だから食事の時以外はデイルームか外でお話ししています。
土日はいつもより面会時間が長いのに、あっという間です。
早く一日中一緒にいれるようになりたい…。

■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月14日 月曜日

■今日は血液検査がありました。
でも、結果は特に教えてもらってないそうです。

点滴の本数が減りました。
今まで一日3回交換していたのが、一日2回になりました。

食事は相変わらず五分粥~。
あ、ブロッコリーがそのままの形で出てたのには驚きました。

■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月15日 火曜日

■今日は検査はありませんでした。

金曜日にMRCPとやらの検査をしに他の病院へ行ってほしいと言われました。
この病院にも同じ機械はあるものの、予約でいっぱいで二ヶ月はかかるとか。
せめて市内の病院にして欲しかったなぁ…。

■今まで水やお茶など、飲んだ量を書きとめておかなければならなかったのですが、
今日からは書かなくていいとのこと。
まぁ、無茶な飲み方もしてないし、するつもりもないようなので
面倒な作業がひとつ減ったのが嬉しいです。

■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月16日 水曜日

■今日から七分粥になりました~♪
でも、見た目もあまり変わっていないのはなぜ…。

そして点滴は一日一本になりました。
なんかめちゃくちゃお腹が空いているようです。
ご飯食べた直後にもうお腹が空くとのこと。
確かにあの量じゃ、辛いですね~。
点滴からの栄養も減ったし…。

■体温は平熱。血糖値も安定。


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▼2004年6月17日 木曜日

■今日はCTと血液の検査がありました。
結果はまだ教えてもらえず。
でも食事も点滴も変わらなかったから悪化とかはしてない模様。

点滴が減ったので、すさまじく空腹感が強いようです。
夕食のフルーツに西瓜がけっこう大きめに出てました。おしいそぉ。
usiがいないと自炊する気が起きません。
たまにつけ麺とか作るくらいかな。シリアルとかサンドイッチとかで済ませてしまいます。
やっぱり食事は独りで食べるものじゃありませんなぁ。
usiがいない生活が二ヶ月になりますが、一向に慣れません。さびしぃ~。

■体温は平熱。血糖値も安定。

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▼2004年6月18日 金曜日

■今日は隣の市まで、MRCPの検査をしに行きました。
この検査は一時間も機械の中でじっとしていなければならず
ちょっと大変そうでした。
あと肩に筋肉注射を打たれたそうです。
結果の映像は貰ってきましたが、すぐ看護師さんに渡したので観てません。

■だいぶ数値的には普通の人の数値になったらしく、
色々な先生に退院の二文字を聞くようになりました。
ただ、明確な日付とかはまだまだありません。

■今日からアミノ酸飲料、ポカリなどを飲んで良いとのこと。
点滴が減ったので、その分それらからカロリーを摂取してください、ということでした。

■隣の市に外出したついでに、ちょっと寄り道してきました。
DVDとか本とかを見てきました。
でもコレっというものがなかったので、
なぜかゲーセンへ行ってちょっと遊んできました。
ギルティーギアとKOFのポリゴンのやつをusiと対戦し、
usiに虐殺されました…。一度も勝てず。ちょっと…いや…かなり悔しい…。
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2ヶ月ぶりのお出かけでした。ヨソの病院で検査をするためです。
同じ病院で同じ検査をすると予約が2ヶ月分入ってるから、といわれての事でした。
2、2ヶ月!!まだ、この上2ヶ月も入院生活するのは嫌あああ!!!だし、院外の景色も見れるので、うきうきとお出かけしたのを覚えてます。
2ヶ月くらいでは、コレといって変わったところも無く、あ~久しぶり・・・・と言ったところでしたね。
超近未来なビルがどどぉ~んと・・・とか、どっかで思ってたと思います。・・・・2ヶ月間で・・・・
あ、小生入院したとき救急車にて搬送されたので、入院したところが何処なのか分かってませんでしたが、このお出かけで位置関係がわかり、以外に病院が駅のそばだったことに驚いたのを覚えてます。


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▼2004年6月19日 土曜日

■ついに、点滴終了~♪♪
やっとusiから全ての管が外れましたぁぁ!
嬉しい~。
これで、何の気兼ねもなく庭でお喋りできます。

点滴外れるということは、インスリンも投与されてないという事ですが、
血糖値も上がることなく、無事に過ごしております。

ご飯はまだ七分粥ですが…。
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体から管が無くなるというのは実に爽快でした。
ホントに体が軽くなった感じです。
2ヶ月間繋がっていたものが無くなる、と言うものに対しての哀愁と言うか、哀しみというか・・・みたいなのが無かったわけではありませんが・・・・
「寄生獣」のミギーがいなくなるってこういう感情が大きくなった感じかなぁ・・・・とか思いました。
不思議な事に、何処の病院でも(少なくとも小生が入院した先では)、患者が出歩くとき、点滴を引っ掛けている下に車のついた台(正式名称が分かりません)の事を「お友達」と呼びます。
だから、でしょうか?妙な感傷になるのは・・・・

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▼2004年6月20日 日曜日

■今まで血糖値測定が一日五回あったのですが、
明日から一日2回でいいとのこと。
ちょっとずつ色いろなものが減っていってうれしい~。

あとは、はやく退院の日が決定されないかなぁ~。

usiが帰ってきたら、しばらくは二人でゆっくり過ごしたいです。
徐々に仕事はするけど、三、四日は何にも考えず(食事とかそういうのは別)
の~んびり休養したいです。
病院だと、以外とのんびりできないものですねぇ。
ただ…タバコの吸い過ぎには注意しないと。


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▼2004年6月21日 月曜日

■血液検査したもよう。
水曜日から全粥になるかもとのこと。
ならないかもしれないのですね…。

■今日は台風の影響で暴風雨でした。
病院に来るときは曇っていただけでしたが、
変える頃は傘も役に立たないほどヒドくなってました。
usiは私の身を案じて、妹に車で迎えに来てもらうよう言い、
まぁ、usiの不安がとれるならと、私も妹に迎えを頼みました。

雨宿りができる外来玄関はもう電気も消えて人気もありませんでした。
私達は、そこで車を待つ事にしました。

usiは大きな柱を背にしゃがんで一緒に待ってくれてました。
そして、usiが何気なく立ち上がろうとしたので、ゆっくり立つよう言いました。
(貧血気味だと聞いていたので)
usiもゆっくりと立ちあがり、ちょっと柱にもたれかかるようにしたので
「大丈夫?」と声をかけた瞬間、フラっと前に倒れました。

私はあわてて、usiの名を大声で呼びながら、
うつぶせ状態に地面に倒れてるusiを横向きに変えようとしました。
usiの目は開いたまま、少し痙攣もあったので
私はパニックになりながらも、口にタオルか何かつめないと、とか
真っ暗な玄関は誰もいないので、人を呼びにいかないと、とか
思っていた僅か2、3秒で意識を取り戻しました。

usiはケロっとした様子で「あれ?なに?どうしたの?」と言いながら、
普通に立ち上がりました。

もう、私はusiにしがみついて大泣きですよ!
怖かった、本当に怖かった。
usiは私に「ごめん、びっくりしたよね、もう大丈夫だから。ごめん」
と謝ってましたが、とにかく怖かった。

usiはゆっくりですが顔から地面に倒れたので、
頬のあたりが赤く擦りむけていました。

お尻をつかずにしゃがむ姿勢から、立ち上がると、よくこうなるとのこと。
血液検査の数値的にも貧血の項目は基準より低かったので
貧血でしょうけど、もう倒れさせるわけにはいきません。
すぐに病室に戻ってもらいました。

その後、私は妹の車に乗って帰りましたが、usiから携帯に電話がありました。
心配してると思って、との気遣いです。
失神していたほんの数秒の間に、家のベットで寝ている夢を見ていたそうです。
大声で私がusiの名を呼んでいるのがうっすら聞こえて
あれ?うりが呼んでる…とか思っていたら意識が戻ったそうです。

倒れる前も後も気分が悪いとか、頭痛や動悸などは一切なく
逆にスッキリした感じ、とか言ってましたが…。

本当になんともないみたいですが、不安なので明日は早めに病院へ行きます。
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この時、初めて貧血でぶっ倒れる、という事を味わいました。
今まで、少なくともこの入院前までは、小生自身は健康優良不良体だと思っておりました。
入院、は、今まで経験しましたが、それでもどこか、基本は健康、と思っていたんですね。
なので、結構このことはショックでした。
・・・・こんなに体が悪かったのか・・・・と思わされました。
この時、ほんの2,3秒だったらしいのですが、見た夢は覚えてます。ゆっくりとした朝、結構な日差しの中でした。自宅のベットでほわほわした惰眠をむさぼってました。そこにuriがぼんやり名前を呼ぶのです。始めは幸せの中で、いかにも映画か何かでありそうなワンシーンと言った感じでした。
がuriの呼ぶ声がだんだん必死なのもに聞こえてきて、ハッとすると、アレっといった感じで自分がいる場所がベットではない事にビックリ。
ホントに、目覚めても暫く状況が分からなかったです。
慌てながらも、uriが状況を説明してくれたので、自分の感覚よりそちらが現実だと思えました。ので、とにかく心配をかけた事が気になって、病室に帰りました。
小生自身は倒れて気づいた後、凄く頭がすっきりしたのを覚えてます。

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▼2004年6月22日 火曜日

■早めに病院へ行ってきました。
昨日の失神の件はすぐさま看護師さんに伝えたそうで、
usiの頬はちゃんと消毒とガーゼで治療されてました。
もちろん担当医にも伝わり、一部始終を話したそうですが、
結論として、起立性低血圧だろうから心配はないとのこと。
一安心です。

だけど、目の前で倒れ、数秒とはいえ意識を失ったusiを
私は忘れる事はできません。
思い出しただけで涙ぐんでしまいます。

退院しても、とにかく一人で行動させないように気を配ります。
もちろん入院中も、私がいる間は絶対に。
二度とあのような事はない方がいいのですが、
食事もまだお粥だし、第一病み上がり…というか上がってもないので
失神した時はどう対処すればいいのか調べておきました。

倒れた後の事はともかく、一番の問題は倒れる時頭を打たせない事。
usiの体は大きいので、私は支えきれないかもしれませんが
そうしたら私は下敷きになればいいのですしね。
昨日はたまたま崩れるように片ひざをついた直後、頬を地面に打ち付けていたのが
不幸中の幸いでした。

■今日はほんっっとに暑かったです。
台風一過とはいえ、38度くらいいっていたみたいです。
あまりの暑さで庭へ出ることはしませんでした。

■明日から全粥になるとのこと。
うれし~。
今日の夕食が最後の七分粥でしたが、けっこうお米の量が増えていた気がしました。
…あんまり全粥もかわらなかったりして…。


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▼2004年6月23日 水曜日

■楽しみにしていた全粥~♪
…の予定が…
やはり「かも」だったんですな!
突然、退院まで七分粥宣告。

なんでも教授回診の時(棟回診)、ふと二番目におえらい助教授?様が言ったそうです。
痩せるから七分粥でこのままいけば?
…と。この一言で…。
担当医さんたちは、どのみち退院したら白米を食べるんだから
今のうちに少しずつ慣らした方が良い、という見解だったのですが
…大学病院ですな。逆らえないみたいです。
はぁ、usiの楽しみが減ってしまいました。

■今日は血糖値を計る直前にポカリを飲んでいました。
案の定150もありました^^;
5分後もう一度計ったら120になってました。
うーむ…ポカリを飲むタイミングには気をつけなきゃいけませんね。

■とうとうゲームボーイアドバンスSPを購入してしまいました。
アドバンスはもともと持っていたのですが、どうしても通信対戦したくて。
しかーし、カートリッジ一個だけでできる対戦ものって少ないんですね…。

とりあえず、私の得意なテトリスで勝負しました!
負けました!
くぅぅぅ~悔しい。得意だと思ってのにぃ。

五目並べならusi相手にすごい勝率なんだけどなぁ。

ツインビーは初めてやってみました。
同時プレイだと、くっつけるのが面白くて、ずーっとusi機にくっついてラクをしてたら
全然進めませんでした。共倒れです。
そして私の方が先にゲームオーバーしたら、usi機はズンズンと進んでました。
…それでも私はくっつき続けます。


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▼2004年6月24日 木曜日

■暑い日が続いています。梅雨はまだ明けてないハズなのに~。
でも洗濯モノが乾くから良い感じです。

■今日は採血があったそうですが、結果はいつもの如く謎。
勿論、食事も七分粥のまま。
血糖値は計る直前にポカリを飲まないでいたら、やっぱり正常値でした。
そういえば、usiはポカリは甘すぎてつらいみたいです。
そんなに甘いかなぁ~?
アクエリアスの方がマシとか言ってました。
確かにアクエリアスの方が甘くはないかな。
カロリーオフだし。

■今日は五目並べで1勝1敗。テトリスでは買った♪

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▼2004年6月25日 金曜日

■usiの退院日が決定しましたぁぁぁぁぁぁ!!
あさって(日曜日)の午後です~。
長かった…ホントに長く感じた2ヶ月でした。
そして退院日は突然知らされるのですね~。

担当の先生から今の病状や今後の事など、色々ご説明頂きました。

退院後は、脂質に気をつける事。一ヶ月は安静にする事。
などなど。

そして、気になっていた事を聞いてみました。
一部壊死した膵臓の壊死した部分はどうなるのか。
自然になくなるのか、それとも一生壊死したまま過ごすのか。危険はないのか。
…お答えは、
「壊死してませんでした。機能停止していて(CTなどで)写らなかっただけみたいですね。」
今はその部分も再生し(再生という言葉を使ってました)、
インスリン等も自力で出している良い状態に回復し続けています。とのこと。

次にのう胞について聞いてみました。どうなっているのかと。
…お答えは、
ドクター「のう胞?仮性膵嚢胞ですか?」
…いまいちピンとこないご様子。
うり「あの…なにか溜まってるとの事で吸い出したりしてましたよね?」
ドクター「ああ!膿瘍ですね。腹部から背中にかけて脂肪細胞が溶け出して膿が溜まっていたんですね。
 あれは、抗生物質で叩き、小さくなってゆき、今はもうありません。」
感激しました。無くなっていたとは!
のう胞だと聞いていたけど、覚え違いしてたのかな?
…て事はやっぱり「感染」していたのですね…うわーん…怖い。
あれ?でもドレナージした時、一般的な菌は出てこなかったって言っていたのになぁ??
培養しても菌は検出されなかったって…??
今更の謎が出てきました。
まぁ、あの時説明してくれたの先生は、今は違う科に行かれたので…。

とにかく、壊死はしてなかった。膿瘍は無くなった。
ばんざーい!

でも、膵臓はまだまだ完治してるわけではないので
今後の生活には十分注意をしなくてはなりません。
遺伝的な高脂血症も発覚し、薬と一緒に生きていくのですし。

先生には、あれだけの重症でしたので、これで退院できるのは
最短でした。と言われました。
一番は治療の薬が良く効いてくれた事。
そして、年齢的に若かった事。
usiが治療に専念し、絶食などキチンと守ってくれた事。
この三つだそうです。
もし、usiさんが、お年寄りだったら命は無かったですねぇと言われてしまいました。
怖い、怖い。


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2004年6月26日 土曜日

■いよいよ明日退院です。
今日は、特になにもありませんでした。
退院後のお薬と、治療費の清算の件を看護師さんに聞きました。
はやく明日にな~れ♪


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▼2004年6月27日 日曜日

■たいいぃぃぃん!!
あまりに嬉しくて、usiと約束してた時間より
30分以上早く病院に着いてしまいました。

無事!退院できましたぁ♪
看護師さんや先生、同室の方々にに挨拶をし、
タクシーでお家に帰りました。
久々の我が家。usiは早速お風呂に入ってました。
そして、伸び放題だった髪の毛を私がカットしてあげました。
さっぱり、すっきり~。

お昼ごはんも我が家で。
脂質をあまりとれないので素麺です。
当たり前だけど、入院前より食は細くなっているようですが、
美味しいと喜んでくれたので、私も嬉しかったです。

膵炎で怖いのは再発。
絶対しないように、私もusiも今後の生活には十分気をつけていこうとおもいます。
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**追記**
以上で入院記はおしまいです。
一年経った今も尚定期的に通院しています。
それについては、ブログでたまに書くかとおもいます。
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入院や病気は突然やってきます。
いや、病気は何らかの兆しがあると思いますが、それでも、当の本人には突然に感じます。
そして、次には「何故?!」という感傷が来ると思います。
何故俺ばかりが!!といった感じですかね。
小生も、それまでは自身を健康だと思ってました。
少なくとも、無茶な食事や行為をしていたつもりはありません。
大病をしたこと無い人から、よく「気をつけないからだ・・・・」と聞きます。
それが、毎日晩酌をし、動物性のものをがばがば食ってるような人でも大病をしてない人はそう思ってしまうようです。
小生、少なくとも、結婚してからは、健康的な食事など気をつけておりました。
が!!病気するときはするのです。
もともとの体質もあるのでしょう。
そう思ってしまうと、病気になってしまった人が「なぜ俺だけ・・・」と思ってしまうのは凄く理解が出来るようになりました。
少なくとも、小生は、そう思わなかったとは言えません。
なので、少なくとも、不運にも小生のような病気になられた方、お仲間さんに・・・・
「頑張らなくても良いですよ。」
病気と闘うことは、辛いですが、そこ以外は気を張ることは無いと思います。
今回小生が、思ったことは、それが精神的な事にしろ、肉体的な事にしろ、プレッシャーというものは必要以上にはいりません。
頑張りたい目標が明確に、具体的にあり、そこに向かうときのみ頑張ればいいのです。
タダ漠然と必死になる事が美徳だという感覚は間違っています。
どこか押し付けられての頑張りは道を違えます。
頑張ら無くとも、明確な目的があれば知らず知らずに頑張ってしまいます。
それがいいのだと思います。
どうぞ、お仲間様方々、頑張らずに、でも理解者は側にいますです。


この記事に対するコメント
なんとコメントしてよいのか…
usiさん、集りではありがとうございました!迷惑なんてとんでもない!お会いできて嬉しかったです。
重症急性膵炎…なんと言ってよいのか言葉が見つかりません。読んでいてとても切なくなりました。とにかく今は大分良くなられたのですねwそれだけはホッとします。
何にせよ、回復されてよかったです!でなければこうしてお知り合いになる事も無かったわけですから。
それにしてもこの日記、uriさんの愛情がひしひしと伝わってきます!!とてもとても愛し合っていらっしゃるのですね!そういう意味でも読んでいて甘く切なくなる日記ですね。

これからもいろいろ大変でしょうが、お二人ともがんばって下さい!私にはこうしてカキコする位しか出来ませんが、応援していますよ!
【2005/08/15 19:51】 URL | ゆきち #tUiKFJ/2 [ 編集]


某集まりでは、大変お世話になりました。
有難う御座いましたです。

この記事はかなり重いなぁとは思いましたが上記の理由で公開いたしました。
もう、お気軽にスルーなさってくださいましです。
今は、ちょいとした「気をつける事」を気をつければ大丈夫なので^^
それにしても、集まりでは失礼しました。
懲りる事無く、またご一緒できるような機会がありましたら、宜しくしてやってください。
【2005/08/15 20:21】 URL | usi #3eQvvr92 [ 編集]

愛のなせるワザ
usiさん、めちゃめちゃ愛されてる!
ノロケる奥さんがやたら可愛くてしょうがない!!
読んでるこっちがあてられちゃいましたよ~。
ええぃこの色男ォ!( ´∀`)σ)∀`*)よせやぃ

日々の看病…闘病中の本人も大変ですが、
周囲の人々も心配や心労で…双方共に辛いですよね。
俺も現在進行形で闘病中(それ程過酷でもないけど)の身の上ですが、
この日記を読ませて頂いて、あらためてありがたい事だと思いました。

一時期は生きている意味を見出せなかった頃もあったりして、
色々思いつめたりもしましたが、
今こうして生きていなかったら、良い事も悪い事も経験出来なかった。
感謝したいですね、生きているという事に。

しかし…炎症反応の原因って分かり辛いものなんでしょうか?
俺の病名も未だに不明なままで早5年。
でも炎症反応はキッチリあるという。
とりあえず病名だけでも判明してくれないと、
こちらとしても対処のしようが無い…。
判明していないのをいい事に、タバコ吸いまくりの毎日ですw

(´゚,_」゚)y━・~~  ん~やめられないねぇw
【2005/08/17 15:00】 URL | 谷 #/CqJHN7I [ 編集]


看病は大変ですよね・・・うんうん・・・・
正直、小生自身に色々な戒めも込めて、と言う意味でも、この入院記、ココにUPしました。
谷さんも、色々思い悩むこともおありだったようで・・・・・
上手に生きていくってことは難しいです。
ほんとに思いますです・・・・・

炎症反応の原因って難しいみたいですね。
虫歯でも反応するようですし・・・
体のどこかに何かしら、正常ではないところがあれば反応する数値と言ってもいいくらいなものみたいですね。
5年も病名不明なものに悩ませるのは、辛いと思います。
心中お察しいたしますです。
とにかくも、早くその病気が判明して、治療できる事をお祈りいたしております。

(´゚,_」゚)y━・~~  ん~やめられませんなぁ
【2005/08/17 19:38】 URL | usi #3eQvvr92 [ 編集]

遅ればせながら・・・
大変な闘病生活だったのですね・・・
usiさんの「死」に対する捕らえ方とは違いますが、個人的には「生」に執着したいです。
生き残ったのはきっとusiさんが必要とされているのでは、と思いますよ。
少なくとも奥様には必要な人でしょうし・・・
救われた命、大切にしてください!

数年前、身近で親戚を2人病気で亡くしたもので(片方は医療ミスでしたが)、
こういう問題はあまり他人事と思えません・・・

大事に生きていきましょう!
・・・ワタクシの心も救われたいです(; ̄ー ̄)
【2005/08/17 19:49】 URL | YaO #- [ 編集]


「死にかける・・・」というのをリアルで経験してしまいましたです。^^
正直に言うと、その死にかけて、昏睡状態っぽくなっていたとき、走馬灯を見なかったので、「ああ・・・まだ天の人は、小生をこの世界から解放する事はないらしい。」と感じたのを覚えています。
ので、妙に自信を持って、まだ死なないんだなぁ・・・と思えました。

生死感は、人によって実に様々だと思います。
全く必要とされてない「物、者」はそこにいられるわけが無い。
ソコは小生、全くそう思いますです。
ただ、思考、感情など余裕を持って生かされた生命体の人と言う部分で、何故?と思わずにはいられない部分が小生ありまして、
はじめのほうにuriが書いている
「死」=「楽になる」
は、ちょいとずれているのですが・・・・
小生って「ココに有る」こともどこかで疑っている部分が有るのですね・・・
だから、生きてるとか死んでるとか、誰かが見ている夢の中だとか・・・・そのようなフワフワした感覚が存在そのものだったりするのです。
この世で確かなものは、多いようで少なく、でも少ないようで多い、その中で一固体が認識し、何かをなすために、(生きることそのものを含めて)整頓する情報で精一杯なものしか持ち合わせてない事を最近、特にこの病気の件から感じました。
もっと言ってしまうと、そう感じている事でさえ、感じているように思えたり、感じさせられてたりでとかで、存在の曖昧さの狭間に有る感じなのですが・・・・・
つまり、小生やっぱり自身の存在も他者の価値で成り立ってるに過ぎないんだなぁ~と思ったりしております。
その方が自然に物事受け入れられてるなぁ~と・・・・
どこかで、「絶対の存在」を思ってるのかもしれません。
う~ん・・・・なんか文章にすると凄く殺伐としたというか・・・・・
いや・・・・心がささくれだっての事ではないのです。
そう思ってしまってることが自然に感じてしまうのです。
で、小生の今でも大事にしてるコトバと言いましょうか・・・コレを聞いたとき、そういう生き方が素晴らしいと思ったことなのですが、
「獅子は我が子を谷底に突き落とし、這い上がってきたもののみ育てる・・・・
が!!その谷底で面白おかしく過ごすのも又一興!!」

【2005/08/17 20:55】 URL | usi #3eQvvr92 [ 編集]

とても驚きました
『通院記録』全て読みました。
死と隣り合わせの大変な闘病生活を送られたばかりだったんですね。
私も自分自身より大事な夫が居ますので、奥様の気持ちが痛いほどわかります。
自分の夫が死ぬかもしれないなんて、私もきっと毎晩泣いてしまって寝られないと思います。
奥様の祈りが通じてusiさんが無事に生還されて本当によかったと思います。

絶食は、私も経験が有ります。
2003年の10月に、盲腸の先ともう1箇所に石が出来てしまい、その区間の腸(30cmくらい)をカットしたのですが、消化器系の病気はなんせ絶食が辛いですよね(> <)
いい加減胃が痛くなりました。
みんなの点滴が運ばれてくると「ゴハンがきたよ~」って同室のおばあちゃん達が口々に言うんです( ^ ^;)
私も網目の模様の焼き目が付いたステーキの夢を見ました。

この先も不安があるかもしれませんが、病気が再発することなく、奥様と2人でずっと長生きして行けるようお祈りしております( ^ ^ )
【2005/09/03 04:23】 URL | maychang #AGI7I832 [ 編集]


凄く長い記事を読破していただいて有難うございます。
この記事、長さもあって、掲載はホントに迷ってんです。
小生がこの病中、連添いは、ホントにホントに、同じ病気の方の闘病期のHPをみて、助けられたようなのです。
なら、その恩返しはしようと、掲載を決めたのです。
小生の感じでは、自身が闘病してる事より、看病するほうが色々ときついなぁ~・・・と思います。
一番苦しんでるときの記憶が飛んでるからかも知れませんが・・・・

絶食はつらいですねぇ~~~・・・・・
maychangさんも、入院経験おありだったのですね。
ほんと、消化器系は食事が出来ないのが、結構な辛さがありますです。
それにしても腸をカットなさったとは・・・・・
さぞ、大変な事だったと思います。
小生も腹を開けたこと2度ありますが、たまりませんでした・・・・
外科系って絶食も辛いですが、痛いのに立ったり歩いたりさせられるのが、またきつかったです。
歩くなんて絶対無理!!と感じてるのに、ナースさんが軽く「じゃ、歩いてみましょうか。」と言ったのには結構な衝撃を受けましたです。

小生のこの病気、まだまだ、食生活などの面で、不自由なのですが、そのことを連添いが、よく理解してくれてますので、大変感謝しております。

ところで・・・・・・ maychangさんって女性で奥様だったのですね。ちょっとした驚きでした。
お描きになる作品を拝見して、綺麗で繊細なれど、どこか力強さも感じていたもので・・・・・
【2005/09/03 20:19】 URL | usi #3eQvvr92 [ 編集]


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